自室のドアを開けた。
目の前には、俺のベッドで気持ちよさそうに寝ている女の子がいる。
その小さい身体にウチの高校の制服を纏っていた。
青く短めの髪で、色は白く、睫毛が長い。
半開きの唇が艶やかに光る。
「ん……ふぅ」
なまめかしい声を上げて、寝返りを打った。
その瞬間、チラリと淡いピンクのパンツが覗く。
「うお……!」
幼なじみだからって無防備過ぎるだろ!
てか、もう気持ちはお互いだいたい解ってる。
要するに、つまり、ハッキリ言って、襲ってくれと言うことだろう、これは!
だが。
それを毎度妨げる、見慣れてしまった異常な光景もあった。
実夢の上の空中で、妙な楽器を熱狂的にしゃんしゃん振り鳴らし踊る真っ黒な猫。
しかもなんだかテレテレ金色に安っぽく光るワンピースを着ている。
俺はそっと近づいて、耳元で声を掛けた。
「おい、メウ!」
メウと呼ばれた黒猫は、耳に付けた金のイヤリングをぴくん、と揺らして驚いた。
「にゃっ?! 居るなら居るって言えヨ!
ワタワタしながらも、甲高い声が上から目線で答えた。
俺は溜息をついた。
「なんで俺の部屋に入るのに許可がいるんだよ」
「そりゃあ、アタイにだって心の準備が」
「ヘンな楽器振って踊ってただけじゃねーか」
「ヘンていうナ! いいかげん覚えろヨ!」
しゃん! とそれが鳴った。
「何度も言うけどこりゃあナ、シストルムっつってナ」
目が遥か遠くに向けられた。
「ナイルに群生するパピルスの上を掠めながらナ、吹く風をヨ……」
目を瞑り、歌うように続ける。
「そう、優しーく吹く風をイメージした、アタイにぴったりの神聖な楽器なんだヨ……」
うっとりと語るそいつを完全に無視して、俺はベッドに眠る実夢に声を掛けた。
「おい、実夢、起きろー」
「シカトかヨ! 仮にもアタイは女神様だヨ!」
いきり立ったメウは、シスなんとかいう楽器を振り回して俺を殴ろうとする。
神聖なモンじゃねーのかよ!
「あー、解った解った、俺が悪かったから」
メウは、ふん! と鼻を鳴らして腕を組んだ。
猫の身体の構造はよく知らないが、普通は出来ない気がする。
俺は幸せそうに眠る実夢の顔を見ていた。
「起きろー。寝るんなら自分ちで寝ろー」
仰向きになっている身体を揺すってみる。
メウが俺に、はん! とバカにした笑いを投げかけた。
「博樹、そいつはその程度じゃ起きねーヨ。おまえ、学習力ねーベ?」
「うっさい。ちょっとどうかなー? って思っただけじゃん」
「どうってなにがどうヨ?」
いつものようにヘラヘラしながら絡んでくる。正直、ウザイ。
でも、こいつがいるから俺は実夢と付き合えてるとも言えるんだよな……。
そう思いながら、実夢の頬をつついた。
「……ぁん」
その小さなピンクの唇から、やっぱり小さな声が漏れた。
ドキリとする俺。
すかさずツッコむメウ。
「博樹、いや、エロ樹! 今、エロい事考えただロ? え? 考えただロ!? 天罰喰らエッ!」
唐突に炎を纏ったライオンが目の前の空間から現れる。
メウの分身とか言うネセレトだ。
咆吼と共に、俺の頭にかぶりついた。
「をがぁッ! 痛だ熱づぁっ! 死ぬっ! 死ぬっ!」
「もう何年繰り返せば気が済むんダ? 本当に学習能力がないナ。エロ禁止! オーケー?」
「おおおーけえええー!」
だくだくと血が垂れてくる。
「よし!」
例の楽器を一回鳴らすと、ネセレトは唐突に消えた。
同時に火傷も噛み傷も、血さえもなくなる。でも、痛みは残っている。
「まだ甘噛みだからナ。死にゃしないヨ」
勝ち誇ったように目を細めた。
もう色々ツッコミどころ満載だけど、とにかくマジうぜぇー!
こいつはフルネームをメウ・ブバスティスという。
このヘンな黒猫の女神だかなんだかが現れたのは、俺と実夢が幼稚園の時だ。
実夢はその頃から、極端に内気で無口だった。
まぁ、いわゆる人見知りだな。それのヒドいヤツ。
いつも彼女は顔を真っ赤にして、母親の後ろに隠れていた。
園内では遊ぶ友達も出来ず、ずっと独りでオモチャのハンドベルなんかを鳴らしてたりした。
俺は空気読めないガキだったから、あのとき、自分勝手にその性格を直してやろうと思ったんだよな。
「おい! 遊ぼうぜ!」
唐突に手を握ると、ちょっと驚いた顔をした。でも、実夢は嫌がらなかった。
俺はそれから独り遊びをしている実夢を見つけては、裏庭に連れ出して一緒に遊んでいた。
なんかちょっと誇らしかった。
そうこうしているうちに、実夢がウチのお向かいさんの娘だと言うことが解った。
それでお互いの母親共々、いちだんと仲良くなって園の外でも一緒に遊ぶようになった。
やがて、事件が起きた。
お向かいさんが共働きを始めたんだ。
後で聞いた話によると、実夢の親父さんの会社が倒産したらしい。
再就職はなんとか決まったんだけど、それでも収入が半減して一気に苦しくなったという。
それで、実夢のお母さんはパートに出る事になり、夕飯頃まで実夢をウチで預かって欲しいって話になった。
別の保育園に預けるとなると遠くなるし、お金も掛かるし、色々大変だからな。
ウチの両親も気の良い人だから、すんなり受け入れた。
そういう事情で、もうさっそく翌日から実夢がウチ来ることになった。
実夢は、まるでカルガモの子供みたいにずっと朝から夕方まで俺について回った。
顔は似てないけど、双子の兄妹みたいだった。
そんな、ある昼下がり。
俺たちは家に帰ると、母親の置き手紙を見つけた。
どうやら、急な買い物に出たらしい。
しかたなく、俺たちは用意してくれていたおやつを食べながら、居間でテレビを見ることにした。
適当にチャンネルを変えていると、目に留まった番組があった。
『エジプトの神々とその呪い』
内容はおどろおどろしい雰囲気のエジプト神話だった。
俺はそれまで見たことのない珍しい映像をおもしろく見ていたが、実夢は少し顔色を悪くしていた。
しばらくして、実夢が俺の袖を掴んだ。
見ると股間を押さえている。
「ん? トイレ? ひとりでいけるだろ。お昼だしこわくないよ」
だが、彼女は泣きそうに顔を横に振るばかり。
「しょーがないなぁ」
俺は彼女をトイレに連れて行った。
「ほら。ちゃんと外で待ってるから」
俺がトイレのドアを開けると、彼女は中に入った。
だが、手を離さずに、じっと俺を見る。
「えっ、いいい、いっしょに?」
こくりと頷く。
俺はとてもいけないことをする気分になって、思わず周りをキョロキョロ見回した。
その間にも実夢は泣き出しそうだった。
「わ、わかったよ……」
俺は意を決して、一緒にトイレに入った。
ドアを閉めたとたん、彼女はスカートをまくり上げパンツを下ろし、ちょこんと洋式便座に座る。
そのやや開いた股間から、小さな水音とともに黄色い液体が線を引くように飛び出した。
「はぅ……」
ほっとしたように彼女が一息吐いた。
その放たれた小水から、湯気が立ち上る。
俺はその向こうに煙る、ぷっくりとした縦の筋を食い入るように見てしまっていた。
これはいけないことなんだ、ダメなんだ、と思いながらも目を離せなかった。
「……?」
放尿し終わった実夢が不思議そうな顔をして俺を見ていた。
だが、そのとき俺はソコに興味津々で、身体ごとその部分に近づいた。
「み、実夢……はぁっはぁっ……」
見上げる彼女の顔に、恐怖の色が浮かんだ。
「だ、だいじょうぶだから、ちょちょっとさわさわるだけだから……」
肩で息をしながら、震える指をその女の子の一番大切なところへ、伸ばす……。
かすれる実夢の声。
「や……や……」
俺は興奮しきっていた。
嫌がって俺を押しとどめようとする彼女の腕に逆らう。
ついにその部分に指先が触れた。
その瞬間、彼女の涙の混じった悲鳴がした。
「ぃやぁーっ!」
突然、俺の後頭部に衝撃が走った。
「おごぅッ?!」
しゃん! と鈴が鳴るような音がした。
その方向を見ると、メウが空中でふんぞり返っていたんだ。
「いやだつってんだロ! エロ禁止! オーケー?」
「な、なんだおまえ……」
「アタイはメウ。メウ・ブバスティス」
表情のよく解らない猫眼で俺を見下ろす。
「世間じゃバステトってほうが通りが良いナ。さっきテレビで見たロ? 女神様サ」
「そ、それがなんでここに……?」
メウは、すっと実夢に近づいて肩に乗っかった。
「さぁねェ? この子の力なんじゃないノ?」
実夢は、ぽかーんとしながらメウを見ている。
「とにかく。アタイはこの子を守る。まあ主にアンタからだけどナ」
そんなわけで、メウは俺と実夢の間に居座る事になったのだった。